昼下がりの女子中学生 百合ver

その他

アンケートへの回答ありがとうございました。

今後のまとめ記事の参考にさせて頂きます。

要望等あればいつでもご連絡ください。

1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/05(火) 23:22:12.00 ID:vzjGqzt60
百合、エロ、書きためなし
やんちゃな女子中学生と隣の真面目なお姉さんの話

平日の昼間に冷房をガンガンにかけて、冷たいウーロン茶を片手に私は自室の勉強机に座らされていた。
かったるい。それでも、学校へ行くよりはマシだった。

「ちーちゃん、できたら、言ってね?」

今時、家庭教師だなんて。

「はいはい……」

「はいは一回でいいんだよ?」

「生意気……」

ぼそりと私は言った。

「ひどいなあ……」

ごもっともだ。自分でも口が悪いと思っている。
自分で分かってるから、まだいいじゃんか。
それにしても、この人は相変わらず一度も怒ったり叱ったりしない。
この人――隣の家のお姉さんは。

「伊藤さん、大学に彼氏とかいないの?」

「き、急になあに?」

「だって、平日の昼間に学校サボるバカ中学生の相手するなんて、よっぽど暇か、馬鹿かどっちかじゃん」

「自分で馬鹿って言わないの……もお、それより休憩もうすぐ挟むから頑張ろう? ね」

「……真面目だよね」

「真面目だもん」

「学校行けば、すぐに保健室か職員室に連行される私とは違うわ」

「それは、髪の毛の色が茶色いからじゃないのかな」

「染まったもんは仕方ないし」

伊藤さんは困ったように笑った。

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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/05(火) 23:37:32.25 ID:vzjGqzt60
うちには父親がいない。母親が言うには、海の向こうにいるらしい。生死は不明。なんじゃそりゃ。
母は朝早く、夜遅くまで家を空けている。仕事を2つかけ持っていて、ほとんど家にいることがない。
まあ、だから親の目を盗んでやりたい放題できるという利点もある。

学校の帰りにコンビニでヘアカラーを買って、そのまま家ですぐに試した。
きっかけは友人がしてたから。そいつは1週間の停学をくらった。
金髪だった。大きな黒いサングラスで登校してきて、頭に虫が湧いてやがると思った。

でも不思議なもので、見慣れると羨ましいと思えた。

「伊藤さん、できた。完璧」

「よーし、じゃあアイス食べていいよ」

「っしゃ」

どたどたと部屋を出て、階下のリビングへ向かった。

「アイス……」

冷凍庫を開けると、ハーゲンダッツが3つ。
2つ掴んで上へ持っていく。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/05(火) 23:45:50.63 ID:vzjGqzt60
「チョコで良かった?」

伊藤さんにアイスを差し出すと、彼女は喜んで受け取った。

「うん」

はにかむ伊藤さん。長く綺麗な黒髪を後ろに背中にかけ直す。白いうなじが見えた。

「伊藤さん、その髪暑くない? 切ってあげようか」

ぺりぺりと紙の蓋を剥して、私は裏をぺろりとなめる。

「ちーちゃん、覚えてないかな?」

「?」

「小さい頃に長い髪が綺麗って、褒めてくれたからそれ依頼伸ばしてるんだよ」

「言ったっけ?」

「言ったよ。えー、覚えてないの……」

あからさまに悲しそうな声を出す。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 22:04:15.99 ID:zoMlUdMG0
「忘れてても特に支障はないでしょ?」

「あるよ。寂しいよ」

伊藤さんは唇を尖らせた。

「あー、ごめんなさいって。はい、これでいい」

「適当にあしらったなー?」

「しんないよ」

伊藤さんの細い腕が、私の首筋に伸びてくる。

「ちょ、な、なに!? アイス落ちるじゃん!」

「寂しいな、寂しいなー。昔は膝の上に乗ったり、おんぶしたりする仲だったのに」

「そんな昔のこと覚えてないし。つーか、暑いんですけど。しッ、しッ」

体を振って払うと、伊藤さんはこてんとカーペットの上のクッションに頭を預けた。

「やられたー」

「はいはい……伊藤さん、アイス溶けるよ。あ、ちょっと、もらっていい?」

「うん、あとあげるね」

「ラッキー」

「ふふ……ちーちゃんアイス食べるとき、下唇噛む癖あるよね」

「ぶッ……ごほッ」

伊藤さんの顔を見ると、にやりとしていた。

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 22:14:39.38 ID:zoMlUdMG0
「どこ見てんの……」

伊藤さんの瞼の上に、手のひらを被せる。

「冷たいッ……」

「こっち見んな」

「見れないよー」

「……ごちそうさまでした。はい、今日はこれで解散」

私はアイスの空を丸めて、ゴミ箱に放り投げる。
スコン、と良い音がした。
伊藤さんが起き上がる。

「次は、理科いこっか」

「だる……」

「ちーちゃんはやればできる子」

「モチベーションが上がらないんだけど」

「そっか、どうしよっか」

逆に聞き返される。

「寝る」

「寝る?」

「5分だけ、お願い、ね?」

「んー、ホントに5分だけだよ?」

「うんうん」

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 22:26:00.54 ID:zoMlUdMG0
私は、頷きながらベッドによじ登る。
アイスを食べた後に、冷房の効いた部屋で、タオルケットにくるまり惰眠を貪ることほど、至福もないと思う。

「5分後に起こしてー」

「……ずるいなあ」

「じゃあ、一緒に寝ようよ」

伊藤さんも寝てしまえば、共犯だ。
後で、母親にも言えまい。

「ねー、寝よ?」

伊藤さんの袖を引っ張る。

「そんな風に可愛くおねだりされちゃったらなー、断れないよね」

「ほんとは眠かったんじゃないの?」

「そんなことないよ」

ベッドのスプリングがぎしりと鳴る。
私はごろごろと脇に寄った。

「今日だけだからね」

伊藤さんが念を押してくる。

「ケチ」

「癖になっちゃうといけないから」

すぐ隣から甘い匂いが漂ってきた。
柔らかくて、鼻がくすぐったい。
大人っぽい香り。

「香水、つけてたんだ」

「え、うん」

香水なんて誰でも使う。ましてや、大学生。
でも、伊藤さんは香水を使うイメージが無かった。
私は勝手にショックを受けていた。ホントに勝手に。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 22:34:07.46 ID:zoMlUdMG0
「ちーちゃんは……中学生だし使わない?」

子ども扱いされたような気がした。

「普通に使うよ」

「おばさん知ってるの?」

「知るわけないじゃん。私が、何しようがあの人おかまいなしだもん」

「そんなことないよ」

「どーだか」

ぶっきらぼうに言って、伊藤さんに背を向ける。
それ以上は聞きたくない。

「……この匂いは好き?」

「別に、どっちでも……」

「そっか」

私はもう一度、伊藤さんの方に向き直る。

「私、伊藤さんの匂いの方が好きだよ。小さい頃から思ってたけど」

「え……あ、どんな匂いかな?」

「どんなって言われたら困る。なんか落ち着くの」

「そんなこと初めて言われた」

「ふーん……」

彼女はなぜか少し驚いていた。

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 22:50:39.28 ID:zoMlUdMG0
瞼が重たくなってきた。
伊藤さんの指が、顔の方に近づいてくる。

「ふがッ……」

鼻をつままれた。

「子豚さん」

「ふらへんな」

めんどくさいので、私は目を閉じた。

「おやすみ」

「タイマーセットしておくね」

「ありがと」

ホントに、伊藤さんは私に甘い。
いつの頃かずっとそうだ。
母親よりも私を甘やかす。
なんのためにこんな年下の言うことを聞くのかわからない。
家庭教師で、お金をもらっているからか。
思考が鈍くなる。考えがまとまらない。
匂い。暖かい。頭を誰かが撫でている。

「すー……」

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 23:12:35.67 ID:zoMlUdMG0
ピ、ピ、ピ、ピ―――

鳴っているのは、私の部屋の時計だ。
朝。違う、昼だ。さっき5分寝ると言った。

「はい、5分だよ」

「ん……」

なんでそんなにすぐに起きれるのか。

「起きないと顔に落書きしちゃうよ?」

「だめ……」

「頑張って、ほら」

薄眼を開けると、黒マジックの先端がぼんやり見えた。

「ちょッ!」

私は飛び起きる。

「あ、起きた」

「マジでする気だったの?」

「うん」

「勘弁してよね」

「ダイジョブだよ。水ですぐのくやつ。顔用」

「……なんで、そんなの持ってるの」

「なんでだと思う?」

伊藤さんの不敵な笑み。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 05:35:34.63 ID:IhTiIHDn0
「まさか、こうやってサボろうとした時用に買っておいたの?」

「どうでしょう」

「……暇人」

「ちーちゃんが勉強してくれるように色々考えてるんだよ?」

目も完全に冴えたので、仕方なく私は勉強を再開した。
こんな風に、伊藤さんは昔から私の家によく出入りしていた。
お昼や夕飯もよく一緒に食べる。
伊藤さんの家に、おかずを届けに行くことも何度かあった。

去年の暮れには年も一緒に越した。
私と母親と伊藤さんと、伊藤さんのおばあちゃんと4人で。
伊藤さんの家には父親も母親もいない。
いるのは年老いたお婆ちゃんと、老犬が一匹。

伊藤さんの両親が亡くなったのはもう何年も前の冬だった。
路面が凍結していて二人の乗った車がスリップ。
民家に突っ込んで、二人とも即死だった。

お葬式に行った時、近所のおじさんが、『またか』と言ったのが今でも耳に残っている。
『またか』は事故に対してか、お葬式に対してかはわからない。
その時、そのおじさんがかなり小声で言ったのも知っている。
でも、私には伊藤さんが聞こえていたのがわかった。びくりと震えていた肩を見て、私はかける言葉が見つからなかった。
彼女は何も言わなかった。私だけがそれを知っていたのに。とても悔しかったのを覚えている。

うちの母親は、伊藤さんのことをよく気に掛ける。
伊藤さんのおばあちゃんのことも。
おばあちゃんは事故のショックから、少し体調を悪くしたみたいだった。
私が知っているのはそのくらい。
全部、母親からの受け売り。

私が気にしてもしょうがない。

「ちーちゃん」

「なに」

「ペン、落ちたよ?」

机の下を見ると、足元にシャーペンが転がっていた。

24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 21:54:21.17 ID:IhTiIHDn0
腰をかがめてシャーペンを掴む。
にょきっと伸びる伊藤さんの白い素足が視界に過る。

「……」

ふと、その足を掴む。

「きゃッ……なに?」

「ほっそー」

「そんなことないよ」

「いやいや、なにこれ枝?」

「枝って……」

「すっべすべ」

両手でふくらはぎをさする。

「くすぐったい!」

「全然日に焼けてないし」

私は、顔を上げる。

「顔も白いよね。伊藤さんは」

「最近、外出する機会ないからかな」

「彼氏は?」

「いません」

伊藤さんが理科の教材を右手で丸め潰し始めたので、はっとなって私は問題集の一問目に取り掛かった。

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 22:46:44.58 ID:IhTiIHDn0
取り掛かり始めて、20分程。
問題はいっこうに進んだ気がしない。

「あー、もう無理! 飽きた! 限界!」

「あとちょっと、頑張って」

伊藤さんが肩を揉む。力がこもっていて逆に怖い。

「う……」

もう一度、ペンを握り直す。

「あ」

伊藤さんが声を上げる。

「?」

「けんちゃんの散歩行かないと……忘れてた」

「おばあがいるじゃん」

「おばあは今、腰痛めるの」

「私、ちょっと抜けるから。その間に、これ仕上げてね。20分くらいで戻るね」

「へーい」

「ごめんね。すぐ戻るね」

両手を合わせて頭を下げてから、伊藤さんはぱたぱたと部屋を出て行った。

27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 23:07:09.94 ID:IhTiIHDn0
静かになった部屋で、きいきいと椅子が鳴る。
椅子ごとくるくると回って、家の玄関が開いて閉じる音に耳を傾ける。

「……」

立ちあがって、カーテンを少し開ける。
窓カラスから、伊藤さんが外に出て行くのが見えた。

「さて」

机の引き出しを開けて、メモ帳を一枚ぺりっとはぐ。
さらさらとメッセージを書いて、私は部屋を後にした。

――捜さないでください――

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 23:20:19.00 ID:IhTiIHDn0
携帯を取り出して、暇そうな友人を適当に選ぶ。

「あ、もしもし?」

『なに?』

「今から、カラオケどう?」

『ふざけんな……今、学校だっつーの』

「めんど。ふけちゃいなよ」

『見つかった時の方がめんどいから。おまえ、いつこっち戻るの? てか、卒業式出るの?』

友達は笑いながら言った。

「さー、出してくれるんかな」

『しんないけど。っと、休憩おわるから、じゃ』

「あ、ちょっと」

切られた。

「友達がいないなあ」

バイト先のカフェに行けば、多少は相手をしてくれるかもしれない。
私の学校はバイト禁止だ。バイトをしていることは、誰にも教えてはいない。
年齢だって、偽って働いている。ボケてそうなじいさんが一人いるだけ。
はがれかけの張り紙にウエイトレス募集の文字があって、遊ぶお金が欲しくてふらっと入ったら即採用された。
きっと、女の子なら誰でも良かったのだろう。

29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 23:35:38.87 ID:IhTiIHDn0
暑苦しい太陽を浴びて、外をうろつくよりはカフェでのんびりする方がいい。
大通りに出て、私はタクシーを呼び止めた。
乗り込むと、運転手はフロントミラーでじろじろとこちらを見ていた。

「どちらまで?」

「この道まっすぐ行って、ガソリンスタンドの前の交差点で左に曲がって、さらに真っ直ぐ行った所の雀荘の隣まで」

そう伝えると、運転手は『ああ』と一つ返事で頷いた。
タクシーが発進する。

「お嬢ちゃん、学校は?」

「お休み」

余計な詮索が好きなようだ。

「冗談。見たとこ、中学生でしょ? うちの娘は行ってる時間だ」

「よそはよそ、うちはうちって言うじゃん」

「義務教育でそれはないなあ」

「ほっといてくれない?」

半切れで言うと、運転手は口笛を吹いて、首を左右に揺らす。

「最近の子は怖いなあ」

ぽつりと呟いた。

30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 23:53:21.14 ID:IhTiIHDn0
「学校はいっとけよ」

余計なお世話。他人は本当に余計なことが大好きだ。
誰も頼んではいないのに、自分のことくらい自分の好きなようにさせて欲しい。
何もする気がないのに、知りたがる。知って、どうするんだろう。
口だけで何もしないなら、知る必要もないのに。

「ふうッ……」

喉が渇いた。甘いアイスのせいだ。じいさんが作るアイスコーヒーが飲みたい。
赤信号で止まっている時間がもどかしい。ふと、外を見る。暑苦しそうなスーツを着た男性がぺこぺこと謝っている。

「……」

見るだけで暑苦しい。

「おじさん」

「どしたい?」

「娘さん、どこに通ってるの」

「すぐそこの橋の近くの中学校だよ」

同じ中学校か。

「ふーん。今、何年?」

「中3だね」

「へー」

「なになに?」

「べつにー」

「娘のこと知ってる?」

「知るわけないじゃん」

運転手の紹介パネルを見ても、思いつく苗字ではなかった。

31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 00:01:47.05 ID:hxj0TQd00
「おじさんの娘、可愛いから一発で分かると思うんだが」

「おえ」

「申し訳ないけど、お嬢ちゃんも可愛いけど、お嬢ちゃんよりも可愛いんだ」

「そのフォロー全く機能してないんだけど」

運転手はがははと笑った。

「お、着いたよ」

緩やかに停車して、彼は料金表示を指さした。

「825円」

運転手――谷川さんはそう言って、こちらを振り返った。
鏡で見るより、たれ目だった。

32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 00:15:06.55 ID:hxj0TQd00
タクシーの中は意外にも涼しかったらしく、熱気から逃げるように私はカフェの扉を開けた。
カランカランとベルが来店を知らせる。

昼間なのに、薄暗い。カーテンから差し込む光で、辛うじて一角だけ明るいけれど。

「店長ー」

カウンターにいない店の主を呼ぶ。
だいたい、お客が来なければ奥で横になっていることが多い。
勝手にカウンターの椅子に座って、伝票にアイスコーヒーと記入する。
待つこと、5、6分。のそのそと穴熊のような老人が姿を現す。

「なんにしましょう?」

店長は眼鏡をかけていなかった。
私が誰か分かっていないようだ。

「店長、ちさとです」

「え? あ、眼鏡眼鏡」

また、奥に引っ込んでいく。

33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 00:27:57.28 ID:hxj0TQd00
「店長、お湯沸かすよー」

「あー、ちさとさん。かまわんかまわん」

店長はやや慌てて出てきて、カウンターの上の伝票に目を通した。
私の肩を押して、席へ座らせる。

「お客さんは座っとらんと。おお、昨日氷砂糖を買ってきとってな。好きじゃったろ?」

「ううん、嫌い」

私は首を振る。すると、店長は口の端を下げた。

「こんなに美味しいのに?」

「うん、前にも言ったし」

「そうか?」

「うん」

店長は首を捻る。捻ったまま、ヤカンに火をかける。

34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 00:39:29.71 ID:hxj0TQd00
「そんなくそ甘いもの食べてると、糖尿になるよ」

「夜散歩しとるから大丈夫」

そんなので消費できるのか疑問だ。店長は作り置いていた粗挽きの豆をペーパーフィルターをセットしたドリッパーにぱらぱらと入れていく。

「ちさとさん」

「なに?」

「歌は好きかな?」

「普通」

「僕は好きなんだ。昔、アイルランドの酒場に行った時に隣の男性に歌ってやったら、とても喜んでいた。僕が歌ったのは日本の歌じゃなくてアイルランドの民謡だったから……オー、ダニーボーイ!」

店長は唐突に昔の話を持ち出す。
かなりめんどくさい。

35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 00:52:09.25 ID:hxj0TQd00
「英語は大事だ。英語を勉強するなら、英語の歌を覚えるのが手っ取り早い」

「うん、そうだね」

「だが、アメリカよりもやはりイギリスの英語が美しい。発音が綺麗だ」

店長は御年80歳。昔は、軍の通訳だったらしい。
戦後は、私の中学で英語を教えていたらしい。
へーって感じ。

「お湯湧いてるけど」

「おっと」

ヤカンを持ち上げる。

「ちさとさん」

「なに?」

「今度、美味しいコーヒーの淹れ方を教えよう」

「マジで?」

それは嬉しい。

「大事なのはね」

店長が右手で拳を作り、胸をトントンと叩く。心、とでも言いたげだ。
それから、人差し指でドリッパーに詰まった粉の中心付近にくぼみをそっと作った。

「ほーら、入った」

「何が?」

「それは、秘密」

ゆっくりとお湯を二回。回し入れて、少し蒸らす。

「アイスコーヒーの場合はね、氷を入れるから濃い目で大丈夫」

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 01:10:35.03 ID:hxj0TQd00
抽出した液体がサーバーに溜まっていく。一滴、また一滴と。それを見るのは好きだった。
店長は冷凍庫から氷を取り出して、サーバーにたっぷりと落とし入れる。

「There’s a lamp shini’ bright in a cabin……」

いつの間にか別の歌を歌い始めていた。
と、携帯がぶるぶると振動する。

「……あ」

着信あり。伊藤さんだ。
散歩から帰って来たみたいだ。

「はい、できた。シロップとミルクはお好みで」

目の前にはキンキンに冷えたアイスコーヒー。
私は携帯をポケットへしまった。ストローを取り出して、さくっとコップへ入れる。

「いただきまーす」

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 01:28:58.59 ID:hxj0TQd00
店長のしわがれた歌声を聴きながら、アイスコーヒーに舌鼓を打つ。
ずっとこんな日が続けばいいのに。
何にも縛られない。

店長はそのうちハーモニカを吹き出していた。
聞いてる内に、また眠くなってしまってうとうととしてしまう。
携帯はまだ鳴っていた。

(まあいっか……)

カウンターに腕を重ねてその上に顎を乗せる。背中に何か温かいものがかけられた。
ハーモニカの音はもう聞こえなくなっていた。

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 01:41:33.62 ID:hxj0TQd00
気が付くと、誰かの背中に負ぶわれていた。

「ふえ……?」

「気が付いた?」

伊藤さんだった。

「な、なんで?」

さっきまでカフェにいたのに。
今は、家の前にいる。

「楽しかった?」

ゆっくりと私を降ろしながら、伊藤さん。
笑ってはいない。

「別に……てか、なんで知ってんの。私のバイト先」

「おばさんにね前に教えて頂いたの」

「うそ……知らないはずなのに」

「同じ町内だからね。誰かが見てたのかもしれないね」

「……結局、どこ行っても一緒ってわけか」

「そんなにお家が嫌?」

「うん。いてもやることないし」

「勉強は?」

「……ごめんて」

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 01:58:10.08 ID:hxj0TQd00
斜陽が伊藤さんの顔を染める。

「心配した。あの書き置きはひどい」

「ちゃんと捜さないでって、お願いしたのに」

「私、そんなに信用ない?」

「はあ? なんでそうなるの」

「一緒にいたら迷惑だった?」

私はぎょっとした。伊藤さんは唇を震わせていた。
瞳が潤んでいた。

「な、泣くことないじゃん」

「泣いてないよお……」

手で目をこする。説得力はない。
鼻をすする音が、余計に罪悪感を募らせる。
私が悪い。そんなこと分かってる。でも、泣くほど?

「……おばあ、ご飯作って待ってるから、おいで?」

伊藤さんが私の手を掴む。じわっと湿っていた。
それがくすぐったくて、手を振り払おうとしたけれど、思ったよりも力強く握られていた。
頭一つ分背の高い伊藤さんが、私の顔を覗き込む。

「昨日の弁当の残りあるし……」

顔を逸らして言った。そんなひねくれた言葉しか浮かばない。

「いいから、行く」

腕を引っ張られる。私は俯きながら、多少足を引きずらせつつ、しぶしぶそれに従った。

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 02:19:04.85 ID:hxj0TQd00
おばあの作ったご飯が、コンビニの弁当より美味しいことは分かり切っていた。
伊藤さんの隣で食べるご飯がいつもの100倍美味しいことも分かっていた。

素直に甘えられない私が、天邪鬼な私が、こんなに優しくされていいのだろうか。
伊藤さんは、もっと怒ってくれても構わないのに。
私は、怒られたいのだろうか。

「ちーちゃん、玉ねぎ」

「食べれない」

「私のお皿に入れる前に食べる努力をしよう」

おばあがくつくつと笑う。

「ちさとちゃん、レモンの汁とポン酢をかけると食べよいよ」

「マジで?」

「マジで」

おばあはたまに若い子が話す言葉を使いたがる。
伊藤さんは冷蔵庫からポン酢と、レモンを取り出して玉ねぎにかけた。

「はい、ちーちゃん」

玉ねぎオンリーの皿を私の口元まで運んで、お箸で一口分つまみ上げる。

「じ、自分で食べられるから」

「そう?」

残念そうに、口を尖らせた。

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 12:52:31.37 ID:hxj0TQd00
玉ねぎはポン酢とレモンの酸っぱさで、何を食べているのかよくわからなくなっていた。
シャリシャリとした触感だけは残っていた。

「野菜はちゃんと食べないと、肌がガサガサになっちゃうよ」

「食べてるって」

「コンビニの弁当に入ってるやつ?」

「そうそう」

「言っておきますけど、あんなの食べた内に入りませんから」

伊藤さんがお説教モードに入った。

「他にも、食べたり……食べなかったりしてるし」

「どっちやねん」

「伊藤さん家で食べたり……」

「うちを勘定に入れるのはなしです」

「ああ、もううざ。なんで、伊藤さんにそこまで言われなきゃ……」

伊藤さんがミニトマトのヘタを力強くちぎったのを見て、私は続く言葉を言うのを止めた。

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 14:58:57.99 ID:hxj0TQd00
私は罪滅ぼしにミニトマトのヘタをとって、伊藤さんの前に差し出した。
頬っぺたを膨らませて、次から次へと口に含んでいくので笑ってしまった。

「笑っはな?」

もごもごと伊藤さんが言った。

「顔、女として終わってるけど」

「ちーちゃんも!」

と、プチトマトを無理やり私の口の中にねじ込んでくる。

「や、やめッ……せめて、塩かけさせてッ」

そのまま食べたって美味しくないのに。

「口の中に直接かけてみる?」

「えんひょひひょきまふ……」

なんて、怖いことを思いつくんだこの女。
にこにこと笑うおばあも、孫の悪行を止めてくれればいいのに。

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 15:19:17.65 ID:hxj0TQd00
夕食が終わって、自分の家に帰ろうとしたら、伊藤さんに呼び止められた。

「今日のノルマ、明日のお昼にやる?」

「……あ」

腰に両手を当て、伊藤さんは人差し指を立てる。

「というか、やらないといけないからね」

「あーっと」

何か上手い言い訳を考えないと。

「うん?」

「明日さ、学校行く」

「ええ?!」

伊藤さんが後ずさる。

「そんな驚くこと?」

「ご、ごめんね。でも、大丈夫? 久しぶりだよね。それに、髪はどうしようか……」

おろおろと私の頭をポンポン撫でる。

「まあ、保健室に行かされるんじゃね?」

「むー……そうだ! 私のウイッグ貸してあげるよ。ちょっと、待っててね」

「え、いいって……あ」

小走りに、部屋へ向かう。
バカみたい。嘘に決まってるのに。学校行くなんて。
自分のことのように真剣に悩んで。

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 15:35:37.48 ID:hxj0TQd00
戻ってきた伊藤さんから私の髪の長さと同じくらいのウイッグを受け取った。
夏にこんなもの被ったら蒸れるじゃん、と思ったが口には出さなかった。

「これならばれないよ」

ばれなきゃいい、という発想はなんだか伊藤さんらしからぬものだった。
もしかしたら、それだけ私を普通に学校へ行かせたいのかもしれない。

「サンキュー……じゃあね」

「うん。お勉強は、週末に回すね」

「げ」

私は肩をがくりと落とす。

「ワンッ」

けんちゃんがいつの間にか玄関まで出てきて、私を励ますように吠えた。

「……わん」

ツケは後で回ってくるだけなんだと理解した。
玄関の明かりを背に笑顔で手を振る伊藤さん。私も小さく振り返す。
私の家は、そこから30秒で着いてしまう。その30秒、伊藤さんはずっと私に手を振るのだ。
けんちゃんもその隣で座っている。

彼女は知ってる。
その30秒の孤独を。
誰もいない家の暗さを。

だったら、家に来てよ。
なんて、その言葉は一度だって言えた試しがない。

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 15:49:25.00 ID:hxj0TQd00
次の日、身体はだるいのに開かれたカーテンから差し込む陽光で目が覚めた。
頭をぽりぽりと掻く。

クローゼットの取っ手に黒いウイッグと中学の制服がかかっていた。
行く気はなかったけれど、せっかく貸してもらったウイッグを使わないのももったいないと思い、おもむろに制服を取り出した。それに、タクシーの運転手の娘を探すのも暇を潰すにはいいかもしれない。
どれだけ可愛いか、拝んでやろう。

自分で学校へ行く理由を見繕って、私はベッドから重い腰を上げた。
冷蔵庫の中にはベーコンと、アスパラと、卵が三つあったっけ。
後、開封してない食パンがあった気がする。
あと、昨日伊藤家でもらった夕飯の残り。昼は、弁当でも買いに行こう。
いや、待てよ。給食があった。久しぶりに行くものだから、何か色々忘れてしまっている。

私は顔を洗ってから簡単に肌の手入れを済ませ、制服に着替え、久しぶりに時間通りの朝食を終えて、うっかり鞄を持っていくのを忘れそうになりながら家を出た。

「自転車……自転車」

見ると、野ざらしの自転車は後輪がぺったんこになっていた。

「ふざけんな……」

私は携帯を取り出して、タクシーを呼んだ。

54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 16:04:00.35 ID:hxj0TQd00
タクシーの中で、時間割表の存在を思い出したが時すでに遅し。
隣の誰かに見せてもらおう。まともに教室に入れるかは分からないが。
席替えが1度終わってるくらいか。私の席はそのままか、隅においやられたか。
はたまた、ないか。

なければ、保健室にでも行くか。

クラスの友人にメールを送る。
金髪から黒髪に戻した友人は、ウイッグの話を聞くとその手があったかと文面から悔しさがにじみ出ていた。
友人に聞くと、私の席は窓際の一番奥になったらしい。
最高の席じゃん、と送ったら友人は隣はいじめられっ子が座ってると送られてきた。

「何それ……うちのクラスそんなのあったっけ」

もっと平和で、のほほんとしてた気がする。
まあ、これも保健室行きになれば関係のない話。
しかし、苛められるような奴いただろうか。
クラスの半分以上の名前を思い出せない私には関係ない話かもしれないが。

「かったるいことしてんのね……」

面倒に巻き込まれなければいいけど。

55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 16:23:15.48 ID:hxj0TQd00
学校の門は抵抗なく通ることができた。
幾人かの生徒がまばらに登校している。
同じ服を着て、同じ鞄を持っている。
暑苦しそうにしている所まで、似たようなものだった。

3年の教室がある校舎の入り口に、見知った顔の人物を見かけた。
生徒指導で、担任の男性教諭だ。横を通るときに、軽く会釈する。担任はスカートの短さと、髪の長さを素早く確認して、驚いた顔をした。

「ちさと!」

馬鹿でかい声で名前を呼ばれた。

「うっさい!」

こちらも負けじと叫び返す。
担任は、信じられないと言った表情のまま私を褒めまくった。
それが余りにもうざすぎたので、逃げるように教室へ向かった。

教室の前まで来て、何人かのクラスメイトが担任と同じような反応をしていた。
一部の女生徒には、その髪本物? と冗談めかして突っ込まれた。
そこは、適当にぼやかしておいた。

約1ヶ月ぶりの教室はチョークの粉の匂いがした。
なぜなら、黒板に描かれた落書きを一生懸命に消す少女がいたからだった。
彼女の周りだけ、少し煙っぽい。

56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 16:36:07.27 ID:hxj0TQd00
慌てた様子で、一心不乱に黒板消しを動かす少女。こんな子いたっけ。

「ちさと、おはよ。何突っ立ってんの」

振り返ると、黒髪に染まった友人がいた。
そいつの髪の毛をわしゃわしゃと探ると、下の方に隠れた金髪があった。

「全部染めてないじゃん」

「それ、おまえに言われたくねーわ。カツラ女」

「……ちょ、それ絶対秘密」

「へいへい……てか、くさッ。チョークの匂い?」

「あれ」

「ああ、また」

「また?」

「ほら、バレー部の子に谷川っていたッしょ」

「いたっけ?」

「……いたの。そいつ、今、バレー部にハブられてるっぽいのよ。理由はしんないけど」

「例の私の隣の席の人って、谷川?」

「お察しの通り」

「……谷川ねえ」

私はもう一度谷川を見た。
バレー部らしくない、ツインテール。
全てを消し終え、谷川がこちらに視線を向けた。

「……ッ」

すぐに逸らされた。避けるように、元の席に戻っていく。
どっちにしろ隣なんだけどな。

57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 16:49:20.41 ID:hxj0TQd00
まさかとは思うけど。私は後を着いて行くような形で、自席に向かった。
私の机は教室の掃除当番のおかげでほこりが全く被っていなかった。

友人がこちらへやってくる。仲の良かった男子達も私を見つけるなり、珍しそうに近寄ってきた。

「厄介者を寄せ集めた感じ?」

男子の一人が言った。

「んなこと言ってもさ、染めたくなった時に染めとかないと今が旬じゃんうちら」

と私は返す。

「おまえの場合それだけじゃないでしょ」

「何かしたっけ」

「隣のクラスの担任殴ったじゃん。覚えてないの?」

「ん? ……ああ」

「あれ、一応、クラスの伝説トップ5入り」

「あれは、髪の毛引っ張るから痛くってつい……」

「ついで殴るか普通?」

「いやいや、女の子の髪の毛引っ張るか普通?」

「女の子って柄じゃないッしょ。今日は、どんな伝説作りに来たんですか?」

「うざッ」

笑いながら、ふと、脇を見る。谷川がかなり居心地悪そうにしていた。
おもむろに机の中から文庫本を取り出して読書をし始める。

「ねえ、谷川ってハブられてるの? なんで?」

谷川は一度、体をびしりと固まらせた。

「ちさと、聞いても無駄。そいつ、何言っても無視するから。それでハブられたのに、自覚ないみたい」

58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 17:08:23.40 ID:hxj0TQd00
「なんで無視すんのさ、適当に答えときゃいいじゃん」

谷川は何も言わない。

「おはよー」

女子バレー部のキャプテンが教室に入ってきた。
一瞬、谷川はそちらを振り向いた。
キャプテンの取りまきっぽい女子が、わらわらと近寄っていく。

「谷川ー」

キャプテンが谷川の傍まで来て、肩に手を置いた。
教室の空気が少しピリリとした。こちらを見ていない生徒も、きっと意識だけはこの二人に集中しているに違いない。

「なんで、消したの?」

楽しそうにキャプテンは尋ねる。
谷川は答えない。

「まーた、無視?」

「……」

本から目線を外す谷川。キャプテンは険しい目つきで見下ろしている。
ツインテールを揺らして、谷川は立ち上がった。並ぶと、二人ともバレー部だけあって、背が高いため圧巻される。
谷川はキャプテンに一言も返さず、その横をすり抜ける。

「は? ちょっと!」

朝のつばぜり合いは、谷川の不戦勝。
キャプテンは少し滑稽だった。

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 17:18:41.87 ID:hxj0TQd00
朝のホームルームが始まる頃に谷川は戻ってきた。
担任がやたらこちらをちらちら見てきたのが正直気色悪かった。
俺の想いが通じた、なんて思ってたらやだな。

ホームルーム後に、担任がこちらに向かってきそうな気がしたので、急いで友人とトイレに逃げた。

「あー、制服肩凝る……」

「ちさと、ちょっとデブった?」

「は、どこが?」

「なんか、制服むちむちしてない?」

「し、してないしてない」

女子トイレの鏡で確認する。
そう言われると、胸の方やウエストの方が少しきついかもしれない。

「陸上部のくせにヒッキーしてるから、運動不足でしょ」

「部活関係ないし」

「走れ走れ」

そう言えば、どこへ行くにもタクシーを使っていた。
そのツケだろうか。

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 17:37:47.98 ID:hxj0TQd00
一限目の国語が始まった頃、教科書がないことに気が付いた。

「あー、谷川……さん」

「なに……?」

なんだ、普通に喋れるじゃん。

「教科書ないから見せてくんない?」

「いいけど……」

「ありがと」

席を近づける。ふと、視線を感じた。
顔を上げると、キャプテンがこちらを見ていた。
すぐに顔を背けられたけれど。感じ悪い。

「?」

教師が教科書に引用されている文章を読み上げ始めたので、仕方なく私も字を目で追う。
谷川は中3の割に発育が良かった。顔も悪くない。どちらかというと、可愛い。
男子にもモテそうだ。キャプテンのひがみだろうか。

私はふと気になっていた疑問をつらつらとノートに書き出した。

――なんでいじめられてんの?

谷川がすっと息を吸い込む音がした。
無視されるかと思ったが、彼女はその文章の横にこう書き加えた。

――私がキャプテンの告白を断ったから

「はあ?」

私は思わず声が出た。近くの生徒が振り返る。
笑って誤魔化した。

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 18:02:34.99 ID:hxj0TQd00
――マジぽん?

――うん

キャプテンは確か女子。
いや、確認しなくても性別は女。

――言っていいの、そんなこと

――うん

――他の連中知ってるの?

――知らないよ

――なんで私には教えたの?

――きまぐれ

――ひでえ

――なんか、もう疲れたからっていうのもある。それに、あなた滅多に来ないじゃない

――言えばいいじゃん。付きまとうなって

――言ったけど、しつこく言い寄ってきた

――ストーカー(笑)

――そうだよ。あの子はそういう子

――で、嫌いだと

谷川の手が止まった。
へえ。

――嫌いじゃないんだ

谷川はペンを置いた。それ以上、核心に触れるなとでも言いたげだった。

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 18:14:50.73 ID:hxj0TQd00
――誰にも言わないって。なんだ両想いじゃん

谷川はもう一度ペンを握る。

――他人事だと思ってる

――そりゃ、もち

――あんなことされても嫌いになれないから、たぶん好きなんだね

――付き合えばいいのに

――それ、本心?

――うん

――ずっと友達だと思ってたのに、急にそういう目で見れる?

――わっかんない

――そうだよね。分からないよね。私も分からない。ごめん、もう終わっていい?

――うん

谷川は背筋を伸ばして、黒板に書いてあることを写し始めた。
私も授業中だったことを思い出した。

――最後に、あんたの親父タクシーのドライバー?

――うん

ビンゴ。
暫く退屈しないで済みそうだ。

66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 19:38:15.82 ID:hxj0TQd00
途中ウィッグが外れそうになる、という事態もあったがなんとか乗り切って放課後を迎えた。

「部活行かないのか?」

担任に呼び止められる。担任は陸上部の顧問だった。

「今日はパス」

「今日もの間違いじゃないか?」

「揚げ足取らないでくれます?」

「ま、教室で授業受けただけでも大きな進歩だな」

「でしょ? それじゃ、人待たせてるんでお先に」

「お母さんか?」

「なわけ」

教師が何か言う前に、私は階段を横切って視界から逃れていった。
さっき、伊藤さんからメールがあって、正門前まで迎えに来てくれているということだった。
たぶん、タクシーで出かける所を見られたいたんだと思う。

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 20:02:33.03 ID:hxj0TQd00
一階へと降りようとして、女子トイレの方にバレー部のキャプテンと谷川が連れ立っていくのが見えた。

(なんだろ……)

そのまま無視して、伊藤さんの所へ行けば良かったのに。
二人の様子がなんとなく気になってしまって、私は足を忍ばせてトイレへと向かった。

壁に張り付きながら、トイレをそっと覗く。誰もいない。

「あれ……」

唐突に話し声。個室からだ。

『ね、なんで喋らないの?』

『……』

『喋るの嫌になるくらい、嫌いになったってこと? 気持ち悪いって思ってるの? それなら、そう言ってよ!』

『……』

『意地悪して悪かったわよ。お願いだから、喋ってよ。無視しないで!』

どうやら精神的に参っていたのは、キャプテンの方だったようだ。

『……喋ったら』

『谷川……!』

『喋っちゃったら、告白の返事を言わないといけないような気がして……』

『いいよ……もう。私、谷川に無視されるのが一番きつい。返事なんて、いらないから……』

『そうなの……?』

『う……ん』

『そんなものなの?』

『ち、違うけど、でもそうしないと今の関係から抜け出せないじゃん』

『私も、あなたとずっと友達でいたいよ』

『……うん、それでいいよ』

キャプテンの嗚咽が聞こえた。

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